階段登ってる?

2016.07.17 22:11|徒然記
どもです、くぼりょです。
少し前に「くぼりょは時々“むにょ~ん”って顔するよねえ」と指摘されました。

絵文字で言うと←こんな感じ?
なんて似顔絵の描きやすい顔なんでしょうと困惑しつつも
素敵な女性から言われたのでちょっと嬉しい私。

まあでも。
言われてみればこんな顔していることあります…ね…

それはさておき。
先日、仕事を含めてあちこち出掛け、たくさん階段をのぼってきました。
いろいろ回ってこれたのでよかったのですが、
身体の回復が暑さに負けて追いついていません。
確実に大人の階段ものぼっているようです

まだまだ至らぬアレでございますが
ときどき友人と「なかなか大人になった実感がないねえ」って話をします。

昔は大人になったら峰不二子みたいな女性になれると思っていたんですが
今もって「大人の女性になったなあ」と実感できません。

いや、そもそもどうしたって峰不二子は無理だろうと思いますが…

とはいえ。
なんとかかんとか大人になれているところもあるのかなあとも思います。
誰かを思い遣りたい、寄り添いたいと思えたり
ひとに少しだけ寛大になれたり。
まあ、これ↑に関しては、そもそも私がよく「やらかす」から
偉そうなことが言えないだけでもありますが

でも、昔はもっと私の世界は狭くて小さくて
実はなにも見えていないということを知らなくて
傍若無人の無礼千万だった気がします。
そのうえ自意識過剰だったり。

「大人になる」ってどういうことだろう?
と考えることがあります。
「大人」と言われる歳になって、それでもあまり自覚が持てないから
せめて時々考えてみます。

年齢だけのことじゃないだろうし
役職や地位や環境が立派であれば…ということでもなさそうだし、
周りは大人と認識していたって自覚がなければいかん気もするし。

ふと思ったのは
「自分のことが少しわかってきた人」や
「知っていることと知らないことがわかる人」
「知らないこと、出来ないことを誰に託せるかがわかって頼める人」
かもしれないなあということ。
勿論ほかにもいろんな定義があると思いますが。

こどもの時って自分のこともよくわかっていなかったのに
「わからない」と思っていても気取られるのが恐くて誤魔化したり
見栄張って「わかった」振りをしていた気がします。

いや、今も時々あるかもしれません。
でも、その自覚が出てきた分くらいは大人になっているのかなあと思います。
峰不二子にはなれていませんが

自分のことが少しだけわかってきている今日この頃。
もちろん、日々成長していくはず!なので
何もかも全部はわからないだろうけれどそれはそれできっと楽しいし
わからないことに気付けたら素直に学びたいと思えるだろうし
知っていることがあれば、それを託せるだろうから。





ということで。
わかる、わからない、ということをわかるようにしながら暮らしていきたいです。
どんなもんでしょ?
leaf
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窪田涼子(くぼたりょうこ)

Author:窪田涼子(くぼたりょうこ)
ナレーター・司会などをしています。
本と文字を読むのが好きです。
至らぬアレですが、
どうぞよろしくお願いいたします。

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